第九章 3.19




 * 唯 *
 その後受験はうまくいき、和葉、晃と一緒に都立の高校の進学が決まった。仲間も学校の先生たちも家族も僕の道を認めてくれた。だから今、僕の生きる道に何の不安もない。
 その後もなんら変わらぬ日常を過ごせた。休んでいた分、勉強についていくのは大変だったが、みんなが協力してくれたお陰で、なんとかここまで来れた。いっぱい遊んで、いっぱいバカやって。
 時が経っても絶対に忘れない。でもこの時に囚われないように。僕は思い出を残して、心の底に葬った。
 そして今日、三月十九日、僕は卒業式を迎える。中学生の最後だ。大きな節目。
今日はいつもより全然早く目が覚めた。興奮して眠れなかったわけじゃない。でも何故だか勝手に目が覚めた。
 外はまだ暗い。いくら暖冬と言えども、陽の出てくる時間は例年と変わらない。外に出る。春は近くても、早朝はまだ寒かった。空を見上げた。なんともいえない空がそこには広がっていた。白というか、果てしない透明。今までに見たことのない空が広がっていた。
「不思議だ―――。」
 ふと空に呟やいた。
 空の向こうに沙耶が見えた。そんな気がした。ふいに僕は、沙耶に言葉を送った。
 紙のない手紙。でも心の中で必死に推敲して書いた手紙。空の向こうにも届く、魔法の手紙だ。

前略

 あっという間の3年間でした。
何言わずして終わってしまうとても無気力な。
そんな日常でした。
あの毎日が長くて仕方なかった日々はどこへ消えるのやら。
期待・不安が心臓をつきます。
それはある意味、恐怖です。

空が白いです。
どよんとした、あの空には一寸先も見えぬ未来。
無透明な空を見上げて思います。
お元気ですか?
もう僕は、新しい道に歩き出しています。
懐かしいです。あの頃が。
どうして・・・?
その疑問はこれからも引っ付いてきそうです。
とても解けない問題です。
あぁ、もう僕も知らず知らずの内に卒業です。
もうなんだかんだであの日々ともお別れです。
寂しいです。心の底から。
君よ、元気でいますか?
何度聞いても答えは返りません。
でも訊き続けます。それは「僕」が「僕」に「僕」であろうとする「僕」への使命だから。
お元気ですか?
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
それでいい。
返事は遠く、返ってこないほうがいい。
それでこそ人は悩めるのだから。
あぁ、まだ僕は悩み続けます。考え続けます。
このまま未来へ行くのが怖い。
時間の流れは恐ろしいものです。
あのゆっくり流れて苛立たしかったときが今となれば、
もう説明も出来ないような呆気の無い3年。
もうその期間は戻らない。
それでも、
まだ悩み続けています。

どうしたらいいか?

悩み続けていたら空は知らず知らずの内に
妙な色のあの空をかき消し、
どこまでも続く透明な僕らの空、
 あのどこまでも水色な空に変わっていました。

時間は恐ろしいものです。
そんな事を考えている時間も、知らず知らずの内にたつ時間の一つ。

はぁ、時間は怖いもんだなぁ。

未来への道は見えない。
それは途轍もない恐怖です。
でもある意味希望です。
さて、未来がどっちに転ぶかは
自分も知らない。神よも知らぬ、未知の世界。

だから言います。
自分にも、そして僕を今まで支えてくれたみんなにも。

「自分の進む未来に栄光のあらんことを」

                                敬具

   追記
空はもう青くなりました。
現在早朝の午前六時半ちょっと前です。
どこまでも水色な、水の色に。
さぁ、卒業です。新しい未来への旅立ちです。
準備は出来たかな?
私は、やっぱり不安でいっぱいです。
それでも時間はやってきます。
だから格好悪く旅立ちます。


 見えない手紙を空に送った。
 返事が来ることはない。わかっていた。でも返事が来ることを祈った。沙耶の存在は本物だったのだから。一人の旅人の存在を確かめたい。それを祈った。
 そして時は経つ。
「おはよう、今日は早いんだな。」
 と父親にいわれる。
「あぁ、なんとなく目が覚めちゃってね。」
 そう言い返す。当たり前の日常が始まる。でもいつもとは違う日常がある。
 それが卒業ってヤツだ。

  * 唯 *
 卒業式はあっという間に終わった。途中で眠くなるのだろうと思ったが、決してそんなことはなかった。
 うちの学校は唄を唄うとかそういう事はしない。だから感動とかそういうものはないだろうと思ったが、なぜだろう?意思とは無関係に涙が溢れ出てきた。無意識のうちに、感極まっていた。
 後で何かしら言われるとは思ったけど、涙をとめることはできなかった。止めようともしなかった。自分に嘘はつかないと決めたから。
 僕の3年間が終わる。
 それが、とても寂しかった。あっという間に過ぎた3年間。過ごしている間はあれだけ長い時間だったのに、終わってみると、とても短かった。
 悔しいけど、それでも未来に進んでいく希望が、僕には輝いていた。
 だから大丈夫。
 そう信じた。

  * 唯 *
卒業式が終わると、久谷やらいろいろな奴らが僕の周りに集まってきた。
「今度遊びに行こうぜ。」
「文化祭くらいは来いよ。」
「ねぇねぇ、行くところってどんな学校なの?」
とかいろいろ聞かれた。でもその中には僕に気を遣ってくれる人もいた。早く気づけばよかった。なんでもっと早く気づかなかったんだろうと悔やんだ。
「なぁ、メールくらいはしような。」
 久谷だ。
「あぁ、分かってる。」
 これからも僕がここにいた存在の証明は、いろいろなところに残る。卒業アルバムも、生徒表にも、卒業生リストにも残る。
 僕は間違いなくここで過ごしていた。決して何もなかったわけじゃない。何かがあったからこそ泣けたんだ。
「帰ろうぜ。久谷。」
「あぁ、そうだな。」
 学校の最寄り駅まで一緒に帰ると、そこからは方面が違うので、そこでさよならだ。僕は殺生駅行きのホームで電車を待つ。向かい側に久谷が見えた。
「まもなく2番ホームに各駅停車、殺生線、東京行きが参ります。黄色の線の内側にお下がりください。」
 と構内アナウンスが鳴り終わり、電車が来たときだ。
「大崎ー!俺たち、いつまで経っても友達だかんなーーー!」
 久谷はそう叫ぶと、手を振りながら電車に乗った。列車の出発音がなると、久谷が遠くなっていく。
「あぁ、いつまでも友達でいてやる。」
 僕はいい友達を持った。晃とかと同じくらい大切な友達がいた。でも僕が選んだ道を、また否定したくはない。だから今は別れを惜しむんじゃなくて、また会えることを祈った。
「さよなら、久谷。ありがとう。」
 そう呟くと、
「まもなく1番ホームに準快速、殺生線、殺生行きが参ります。黄色の線の内側にお下がりください。」
 というアナウンスが鳴り、電車が来た。僕も電車に乗る。そして今まで通ったこの駅にさよならする。
そして僕は新しい道を歩いていく。

  * 唯 *
「よっ!」
 殺生駅に戻ると、駅前の出口に和葉がいた。
「やっぱそっちも卒業式だったか。よかった。会えて。」
「ふっ、まぁ偶然だな。」
 和葉がこっちに来る。
「ねぇ、どっか行かない?」
「あぁ、ちょうどよかった。ちょっと付き合ってほしいところがある。」
「なになに、カラオケ?xxx Books?それともラ―――」
「馬鹿なこと言うな。ちょっと西口に来て。」
 まぁ妙なことを口走りそうだったので、和葉のしゃべりを止めた。
「えっ?あっち何もないじゃん。何で?」
「いいから。頼むよ。」
 行きたいところは決まっていた。殺生第三公園。あの手紙を燃やしたところにもう一度いってみたくなった。
 公園には西口を抜けると、あっという間に着く。
「うわぁ〜、こっち来たの超ひさびさだよ。」
「そうか。」
「で、どこいくの?」
「公園。」
「何しに?」
「何もしない。」
「えぇ、何それ?」
「僕もよく分からない。」
 そんな会話をしながら公園につく。
 そしてあの場所へ行く。
「何ここ?」
「うん、ちょっとね。まぁ僕の大切なところ。」
「桜?満開だね。」
 そうだ、ここは桜の木だった。2ヶ月前には何もなかった木には、もう桜が咲き絶えず舞っていた。
「うん、満開だ。」
 すごく桜の木に見とれていた。一年ぶりに見た桜は、純粋にとても綺麗に見えた。去年の僕とは違う。
「きれいだね。ねぇ、二人だけでお花見する?」
「あぁ、適当に座ろう。」
 そこで和葉と2人だけでお花見した。といっても飲み物も食べ物もない。ただずっと桜を見ていた。桜は絶えず散る。それを下で見る。たまに桜の花びらをキャッチしたり、集めて頭から吹っかけたりして、遊んだ。とても楽しい。
 でもやっぱりはしゃぐと疲れるので、二人で話しているのが一番楽しかった。和葉も多分そうだと思う。
「ねぇ、ここに何か思い出でもあるの?」
 和葉に質問された。
「うん、ちょっとね。」
「なになに、初恋の人との思い出ですか?」
「そういう和葉は?」
「私は唯君だもん♪だから聞きたいな、ここで何があったのか。」
 そう言われると、ちょっと擽ったい。純粋に嬉しい。
 さて、質問に答えなくては。
「ん〜、なんていったらいいか分からないな。その、なんて言ったらいいんだろ?」
 思っていることを言葉にするのは難しい。
「前に言ってた、大切なもの、ここでなくしたの?」
 正解だ。でもちょっと違う。だから言葉にするのが難しい。でも和葉だったら頼りになる。もしかしたら答えをくれるかもしれない。でも何となく答えは自分で出さなきゃならない。そう思った。
「うん。一応正解なんだけど、ちょっと違うんだ。もう見つからないことを、僕は知ってるんだ。だから和葉の協力はもらえない。見つけるんなら自分で見つけなきゃならない。でも、ありがとう。本当に何でも分かるんだな、和葉は。」
「わかんないよ。」
「え?」
意外な答えが返った。和葉は僕を知ってることに一番の自信があったはず。僕が和葉にいろいろなことを知られてるのも知ってる。それでも和葉は分からないっていった。
「わかんない。唯君のことなんて、わかんないことだらけだよ。でも分かりたいの。必死で私は唯君のことを分かろうとしたいの。だからね、少しでも唯君の傍にいたい。なんでも言ってとは言わないけど、頼りにしていいよ。唯君。」
「あぁ。助かる。」
 嬉しかった。とても、無性に嬉しかった。
「そんじゃぁ、髪、伸ばしてあげるよ。唯君ロングのほうが好きでしょ?」
「なんで分かるんだよ。」
「ふふっ、ずっと見てきたんだもん。わかんないわけないよ。」
 やっぱり何でも知られてるんじゃないかと思った。セミロングの和葉がロングになる姿を想像すると、ど真ん中ストレート!キターーー!とまぁ、似合う姿が頭の中に出てきた。ものすごいかわいい。可愛くなる。そんな気がした。
「あはは、参ったな。んじゃ、期待してるよ。」
「任せなさい♪」
 反則的な笑顔。それが和葉の最大の武器だった。ものすごくかわいい。今の僕には和葉の存在は欠かせないものだった。
「帰るか。」
「うん、帰ろう!卒業祝いだ!早いけど入学祝いだぁ!やったぁ、唯君と同じ高校だぁ!どこいく?カラオケでも行きますか?」
「ったく。いいぜ。」
「やっほーい!」
 こうして僕らは公園を後にする。
 振り返ると、そこには僕らを見送るように桜と梅の花が咲き乱れている。やがては散る花の命が、とても尊い。一つの命が僕らの前で消える。その分、僕らの命は、絶えることなく燃やし続けていかなければならない。
「ありがとう。」
 そう呟いて、僕らはその場を去った。
沙耶。僕の世界は決して悪い方向には行ってないです。むしろ今を生きてるってだけで幸せです。君の存在のない世界でも、世界はずっと世界であろうとしてます。それはとても酷で、悲惨で。それでも僕らの生きる世界に間違いはないです。
 沙耶。君と逢えて本当によかった。
 僕が見えるところにいたら、そっとでいいんで僕を見ていてください。
 間違った僕の旅路は決して間違いじゃない。間違いでも、それを選んだことが正解なのだから。
 僕は僕の道を進みます。
 そして、いつか会える日が来るのなら、また会いましょう。また会うことを願います。その時に僕を見てほしいです。まだ僕も沙耶には会えません。でもいつか僕を創り上げた僕を見てほしいです。その時まで僕は僕でいます。
 この世界を愛せたら、その時は、また会いたいです。
 僕が生きる限り、この世界で僕が歩いた道の中に間違いはないのだから。それを僕は知ったから。だから大丈夫。





 再会を祈る。



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