第三章 変化
* 沙耶 *
彼の変化が見られたのは何時ごろだっただろうか。もともと感情を表に出さない子だったかというと、そうでもなかった。好奇心満載で運動も勉強もできて、だれにも優しかった。今でも彼はとっても優しい。でもそういう優しさじゃなくて、表だけの優しさ。今の彼は、その優しさを出しているだけ。心からの本当の優しさはない。どうしてだろう。周りが怖くなっちゃったからなのか。でも彼の周りには親友がたくさんいる。中学校にも、小学校からの友達もたくさんいる。私立の学校に進学してからおかしくなったことは事実だ。でもそこには何の問題点も見られない。いじめられているわけでもないし、あくまでも、人のウケはいいわけだからいじめられるわけがない。じゃぁ何故?彼が変わったのは―――。
* 沙耶 *
彼は人をよく裏切った。もちろんそれは小さなもので、ちゃんと続けるから買ってほしいとせびって買ってもらった野球セットや、勉強についても。私立の学校に合格はしたものの、塾にわざと遅刻したり、親を裏切り続けた。それは小学校時代の友人にもあった。でもそれは本当に小さなものであった。でも彼は裏切られることに耐えられなかったんだ。約束は都合のいいことだけ守る。でもそれは人間自身よくやることだ。自分に都合のいいことは覚えておき、都合の悪いことはすぐ忘れる。大抵、いや、全ての人間がそうだろう。自分に都合の悪いことを、後になって返そうとする奴なんていない。彼もその一人だ。でも何故彼がそんなことに耐えられなかったか。環境にあったんだ。彼はもともと秀才である。やればなんでもできる。そのせいで親は彼に全く逆らわなかった。親が彼に無関心だった。彼は表から見れば何でも出来るいい子。そうとしか見ていなかった。それは親をも、彼の内たる壊れそうな人格に気づかないほど、出来すぎ君だった。周りの目もそうだった。最初の頃は非難もされる。ただ裏切りを取り返すくらい彼には楽なのだ。宿題を手伝えばごめんですむ。そうして彼は自らの裏切りを隠してきたのだ。でも裏切られたら彼はどうだろう。周りの人間は、彼が満足するようなお返しは絶対にできない。だから彼は裏切られることが本当に苦になっていたのだ。紛らわすものもなく、裏切られたら裏切られたまま。周りは返せたと思っていても、彼を満たすことなどできるはずもなかったのだ。彼は裏切られることを恐れた。だから、彼は余計にお人よしになった。そうして彼は自分を見失って行った。彼は心を殺した。毎回あったことを忘れるように。裏切られた痛みも、その日あった喜びも。一緒にその日の自分を殺した。痛みのほうがはるかに大きかったから。
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