第一章 少年
* 唯 *
独りの死人がいた。一人のじゃなくて独りの。孤独な死人。でもまだ死んでいない、半分死人。
まだ若い少年。僕だ。荒川の流れは今日も汚い。どよんと濁った茶褐色の川のそこがゆらゆらゆれている。
夕方にもなり人はもう寄り付いてこない。独りの空間。そして川に飛び込んだ。もう何も恐れることは無い。
時期がきたら僕は消えるのだ。
「はっ」
少年は人がほとんどいない電車の中にいた。冬の日曜日の夕暮れ。このローカル線は田舎を走る小さな列車のため乗車数が少ない。そこに一人ぽつんと座っていた。
「また、死ねなかった。また、殺しただけだ。」
少年は自分を殺していた。でもそれはあくまで心の中で殺すだけ。何かが嫌になったらその嫌な自分を殺す。誰もいないところに連れて行き、殺す。殺す手段は簡単なことだ。カッターで軽く手首を切る。限界が来て殺す相手が喚き、消えたところでやめる。それだけ。今日はそいつを川に突き落として溺死させた。もちろん自分の中で勝手に。少年は弱い人間だった。嫌なことがあるとそれだけで死にたいと思う。世界が思い通りにか無いことを幻滅していた。少年の名前は唯。大崎唯。自分の名前が嫌い。美少年だがその容姿も嫌い。
とにかく自分が大っ嫌いだった。何がしたいのかも分からずただ毎日を過ごす。こんな日常・そして変わらない世界に幻滅していた。でも変えることも真っ当に生きることもできない弱い人間だ。
40分くらいすると家につく。日曜日、勝手に出かけ勝手に帰ってきて飯もろくに食わない。
そんな毎日だ。それでもよかった。毎日毎日嫌な自分を消し去ることで苦悩など、どこにもなかった。どこかに消し去って今まで生きていたのだから。
何一つ苦悩など無かった。学校は都内の有名私立校に通い、友達も多い。彼女だっていた。決して悪くない。悪くない日常だった。スポーツだって出来るし、学力だって下のほうだが悪くは無かった。
何かが足りなかっただけなんだ。彼は。
* 唯 *
「ねぇ、唯君。別れよう。私たち、もう終わりにしよう。ごめん。」
「わかった。それじゃ――」
次の日学校でふられた。
ふられるのは慣れていた。今まで何度も付き合ってはふって、ふられてを繰り返してきたのだ。いまさら一つの恋が終わったからってなんとも思わない。どうでもいい。ただの暇つぶしなのだから。そう思えば何とでもなれた。恋なんてただの精神病の一種だ。気の迷いだ。そう信じていた。そんなことよりも遥かに仲間と遊ぶほうが楽しかった。親友が二人いる。それはこの学校の中にはいない。この学校には頭のいい連中が多すぎて話が合わない。ちょっとカラオケだのボーリングだので遊ぶ仲間がちょっといるだけ。それでも向こうに合わせていい友達を演じているのだ。普通にいい性格をして、ちょっと女ったらしでバカやって。ちょっとノリが良くて、KYにならないように気をつけるだけでいじめられもしない。いい友達を演じていた。本当の友達はちゃんと気の置けないヤツでないといけない。でもちゃんといた。素晴らしいことではないか。
毎週土曜、学校が終わるとそいつらと遊んでいた。新井晃と品川和葉。小学生の頃からの漫画好きの友達で、3人いっつも一緒に遊んでいた。素晴らしい仲間だ。
今日は土曜日だ。
「おい、大崎!遅っせーよ。」
呼びかけるのは晃。そこそこ勉強も出来るのに公立中に通ってる。実際は親が病気らしい。だからこの事は禁句。まぁそのせいで色々苦労している。愛称は“こーくん”。名前は「あきら」だが漢字が「晃」のでこう呼ばれている。名づけ主は和葉だ。性格は皮肉れているけどすごく優しい。ある漫画キャラと名前が同じで嬉しがっている。
「わりぃ、わりぃ。ちょっとHRが長くてさ。」
これは嘘。実際はさっき彼女にふられていたから。そんな事を言うのは仲間として恥ずかしい。何故か?俺は不思議とモテる。別段飛んだ特徴はない。ただ顔が少しいいってだけ。女なんかいくらでもいるけど、親友は一人だ!なんてな。その割には二次元に逃げる。そのせいでふられることもある。でも別にかまわない。二次元の連中は文句は言わない。俺の存在が絶対となる。自分の存在が確立する不思議な空間だからだ。気持ち悪いとかそういう風に思わないでもらいたい。
そしてもう一人。
「ごめ〜ん。電車が全然進んでくれなくてね―――」
品川和葉。愛称は“かじゅは”。彼女もまた親友の一人。このグループに入っているのが不思議な存在。名づけ主は俺。
成績はものすごい優秀で都区内の国立中に通っている。
そして俺。みんなからは・・・、大崎としか呼ばれてない。まれに自分の公開しているブログにちなんでネットネームから“J”と呼ばれることがある。
「いいよ。いつものことだし。」
と皮肉な意味を込めて晃が言う。
「ま、早く行こうぜ。今日はどうする?やっぱxxx Books から?」
「そだね。そうしよう!!」
うちら三人は正直な話オタクだ。しかもかなり重度の。昔は少年サンデーやらマガジンとかのラブコメの萌えキャラに多少好感を感じていただけなのだが、それが中学になるとどんどんヒートし、そしてもともと重症だったこいつらの仲間入りをしたと。もともと中の良かった二人だった。家の方向も途中まで同じでいつもこの3人組で過ごしていたのだが、漫画やアニメやら、その話のせいで絶対に切れない絆みたいなのが完成していた。今どき女も混じっている友達組みなんてのは、珍しい。でもその空間が大好きだ。ゆっこがオタクで本当に良かった。いや、腐女子とでも言っておこうか。それでも3人で過ごす時間は大好きだ。本当にあっという間。まぁ実際俺のついていけない二人だけの世界に突っ走っていったときだけはどうにもならないが。付き合ってるから?いやいや、異次元に旅たっているのさ。二人とも違うキャラの次元に。
いつものルートなら漫画の店に寄ったあと駅前にある、大きなコーヒーショップのチェーン店でコーヒーかなんかを飲んで、そんでカラオケかボーリングにいって土曜日を終える。これが一番のルートだった。暇があったら和葉の家によってゲームをする。和葉の家はものすごい金持ちだ。親もよく、頭もいいのに何でこの世界に?何度か聞いてみたが返ってくるのは「好きだから」だけ。でもそんな和葉が大好きだ(もちろん友達的な意味で)。晃のほうはお父さんのほうが単身赴任で働いているらしい。家事も全部自分でやっている。晃からは料理のやり方と株の戦略を教えてもらった。やっていることは常人じゃない。弟妹が下に2人いて世話が大変らしい。そのせいでお姉さんキャラに憧れてこの世界に足を踏み入れたらしい。
さてさて、今回の話題は新作のエロゲーの予約購入話。といっても実際に買うのは通販サイトを利用する。なんたって年齢制限ってもんがあって・・・。購入するのは今月のエロゲ紹介の本と後は新刊の漫画。
「へぇ、○×ソフトから新作だってさ。」
「どう思う?ktkr?地雷?」
「どうだろうね?まぁ一応一流ブランドだし、原画うまいし。どうだろうね?」
これが十四歳の会話に思えるだろうか?本当にアホらしい。それでもこの世界が幸せなのだ。
さっきも言ったが、自分は正直なところモテる方だ。でも結局続かない。あきっぽいのだ。人間という性格に。
それに対してこちら側はいい。従順で純粋で可愛くてロングヘアーで茶髪で人懐っこくて自分にだけ素直で、でもちょっとだけツンツンしてて優しくするとものすごく可愛くなる。でも一つ次元が足りない。それが残念なところ。
でもよかった。彼女なんて放って置けば出来る。いつかはどーでもよくなって適当に大人になるんだと思っていたから。だからこそ晃たちといる時間が尊かったのかもしれない。
これで週一日の楽しい時間が終わる。
時間は楽しいと早く過ぎる。感覚がおかしくなるのだ。それでもよかった。
自分が楽しいと実感できたのだから。
* 沙耶 *
今日の殺す自分は彼女にふられて少しだけ鬱な自分と新作ゲームにうはうはしていた馬鹿な自分。まずは睡眠薬を飲ませる。そして首元に切れ目を入れて悍ましいほどのちが流れ出したらそれを頭の上からなぞり、背中に「DEATH」の文字を刻む。そしてその勢いで左胸を突き刺し殺す。こうして今日の自分殺しは終わった。ベッドの上には毒々しいほどの血のあと。これでいい。
殺した後、何事も無かったかのように今日の新作ゲームことを晃と電話で話す。その平然とした自分の姿に惚れ惚れする。素晴らしい。まるで本当に殺人計画があまりにもうまくいったかのように。そしてその後は大好きな音楽を聴き、読書をする。読む本は大抵最後に人が死ぬ。フロイトも夏目漱石も病んでいる。天才たちと同じ感覚を本を伝って味わう。
目と頭で。そして耳からも。流れるのはフランツ・リストの「ハンガリー狂想曲第二番嬰ハ短調」。荒れ荒れしい早いテンポの中の不協和音。荒れ狂う革命の時代を描いた音楽。
素晴らしい。惚れ惚れする。新たなる革命をさす、ド#の音。薄ら笑いを浮かべる。右には殺した自分が一人倒れている。革命だ。今まで最高権力を保持していた一世代前の自分を殺した自分をまだ自分が殺している。素晴らしい!なんて素晴らしいんだ!
「あははは、そうだ、狂え。もっとだ!もっと!」
死んだ自分を刺し続ける。何度も何度も殺し続ける。
「あはははっ、死ね!死ね!もっと死ね!」
狂ってる。一言で済ませばそうなる。仕方ないのだ。こうするしかない。生きていくには、こうするしかないんだ。幸せがない。だから自分を殺す。そして気づくのだ。恐ろしいことに。殺される。今までのケースから革命はほぼ毎日のように起こる。生き残っても三日。そう、自分も明日には殺される。
「あああああ!来るな!来るな!来るなぁぁぁぁ―――」
こうして一日が終わる。異常なほどの満足感と、異常なほどの恐怖心。この二つが一気に押し寄せてくる。時間を止めてしまうほどに苦しい。まだ5分しか立っていないのか?まだ狂想曲は鳴り響く。抑え切れないほどの妄想、幻覚。しかしどうすることもできない。彼にとっての幻覚は最大のリアルであるのだ。
今の彼にはどうすることもできない。私が語る。
彼は元々普通の子だったのだ。友達もたくさんいて何一つ不自由なく過ごした。勉強もろくにしなかったのに難関私立中学に合格し、父母は教師で、勉強には多少うるさかったものの、ある程度はこなしていた。だから何不自由なく過ごせた。ほしいものは簡単に手に入った。決して裕福ではないものの息子には徹底的に尽くしてくれるいい父母だった。多少きついところもあり、きれい好きで私もイラっとくるところがある。しかし何不自由ない。とてもうらやましい。とても幸せだと思う。それなのに彼は何故、狂うってしまったのか。原因は外にも中にも無い。外では平生を保ち、中でも親や妹さんに全く嫌われることなどしていない。ひとりになるとおかしいのだ。外での人との会話のストレスを独りになるときだけぶつける。彼は一日中部屋に閉じこもっていると自分を殺さない。人が嫌いなのだ。おそらく。でもそれじゃぁ生きていけないだろう。
「私が何とかするしかない。」
私は誓った。
話は変わるが、私はだれだって疑問を持った人、挙手!まぁいいでしょう。最初にいっておくべきだったと思います。でもしばらくすれば分かります。それでは。
彼を寝沈ませると月明かりが見えてきた。これから彼はどうなるのか。私には分からない。私が変えなくては。
でも――――――。
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